発達障害の子育ても「人権」を重んじて子育てすると親子関係が良好になる

発達障害の子育ては、何もかもが大変な感じがしてしまい、ついつい「人権」という言葉が置き去りになってしまいます。

これは、お子さんに対しても、なのですが、大人であるあなた自身もあなたの人権を置き去りにしているのではないか、と思い、こうしてブログに書こうと決めました。

ここで少しですが、私の体験談を話します。
発達障害の子育てのことではなく、私自身の身に起こった出来事です。

ある小学校で非常勤として勤務しているのですが、私の関わる仕事に関して、簡単な会議が実施されました。

詳しい内容は差し控えますが、私が校長先生のお話の中で、校長先生と認識が異なることや個人的な意見を述べていました。

どうやらそれが校長先生がお気に召さなかったようでして、私が一切言葉にしていないことを私に強い口調で投げかけてきました。

私は驚いてしまいましたし、なんだかモヤモヤな気持ちでいっぱいでした。

比較してはいけませんが、これまで出会ってきた校長先生でしたら、建設的な意見交換ができたものですから。。。

これに関して、私なりに考察をしてみました。

私は非難する意見は出していませんし、むしろ学校にとっては好ましい意見を出したはずです。

その上、私の過去の経験から考えても、学校はもちろん、他機関などでもこういうお話をしても、みなさんが納得してくださいましたし、私もまた、学校現場でそう学んできたことなのです。

それにも関わらず、このような反応を示した校長先生。

私の意見ではなく、私の「学校での役職や立場」からの物言いだったので、それがお気に召さなかったのだろうと思いました。

こう考えることで、ようやく腑に落ちました。


ここまでお話をしてきたことをじっくり考えてみると、こんな些細なことでも、私の人権は尊重されていたのかな?と感じるきっかけになりました。

このような機会は、この記事を書くきっかけでしたし、また、私も人権について再度考える時間をいただいたので感謝しております。

 

 

さて。。。

この「立場」ということを「子育て」に視点を移して考えてみましょう。

大人が立場に甘んじていると

私たち大人と我が子の間には「親子」という関係が成立しています。

定型発達のお子さんは、このことをよく理解できているのですが、発達障害のお子さんは、社会性の障害を抱えているお子さんもいらっしゃるので、この「立場」とか「人と人との関係性」が言葉では理解できても、その先までの理解の浸透が難しくなってしまいます。

だからこそなのですが、発達障害のお子さんは、いわゆる社会的地位に関して疎いからこそ、誰でも平等にみることができる、という素晴らしい才能が備わっていると私は思います。

 

しかしながら、何か物事を教える際には、どうしても「教える人」「教わる人」という役割分担が必要になってくるもの。

ここを私たちが履き違えてしまい、「親」「子」という上下関係を知らない間に作ってしまいます。
私が子どもだった頃でいえば「親の言うことは絶対にきくもの」と強制されていましたね。。。

 

あなた自身が「親子の上下関係」をあなたの中にもっていたとしても、あなたのお子さんの中には、そういう感覚が微塵もなかったとしたらどうでしょう。

あなたの指示や話に対して、お子さんが反発するのも理解できますよね?

それはどうしてかというと、あなた自身がお子さんを対等な立場だと考えていないからです。

または、考えていたとしても、我が子にそれを伝えていないと、お子さんの心の中には、あなたへの反抗心がどうしても残ってしまうのです。

 

私たち大人が「親」という立場に溺れてしまうと、お子さんはどんどん反発する心を大きくしてしまうのです。

「人権を重んじる子育て」とは?

私たち大人は、子どもと接する前から子どもを「子ども扱い」してしまいます。

これは、教員でも気づいていないことだと思います。

子どもを子ども扱いしているだけの教員は、やはり力で抑えるような指導になってしまいがちだと私は考えています。

 

では、子どもの人権を重んじた子育てとは、一体どのような子育てなのでしょう。

それは言葉で言う分には簡単なことです。

きっと、あなたも気づいていることだと思いますしね♪

 

子どもの人権を重んじた子育てとは、「子どもを一人の対等な人間としてみる子育て」のことです。

人権の基本はこの「対等」ということだと私は考えています。

子どもたち、特に発達障害のあるお子さんたちは、この「対等」が誰よりもできているのだと私は感じています。(だからこそ、社会的地位などが分かりづらくて苦労するのでしょうが)

それなのに、私たち大人がさまざまな立場や地位に甘んじてしまっているからこそ、子どもとの関係が崩れてしまうのです。

 

だからこそ、私たち大人は、もっともっと子どもと対等なのだ、ということを意識して子どもと接するべきだと思います。

「対等」が難しい場合は、「先輩・後輩」の間柄だと考えれば良いのです。

子どもが大人を超えてしまうこともある

私たちが自分自身を「対等」または「親」「指導者」だと考えていたとしても、子どもはそれよりも上の立場を狙ってきます。

意図的に狙っているのではなく、本能的なものなのだろうと個人的には考えています。

でも、それが年齢を重ねることで意図的になっていくものです。

もし、あなたがおうち療育をするのであれば、そして、子どもに教える立場の方であれば、何かを教えるときだけは、この上下関係(私はみなさんに「主従関係」とお伝えしています)を意識する必要があります。

というのも、対等な立場のままでは、学習なのか、普段の延長なのか、それとも別の何かなのか、子どもが分かりづらいからなのです。

 

よく見かけるのが、子どもが好ましくない行動をとった時に「それはやっちゃダメなんだよ〜」と言葉がけだけで注意している大人です。

定型発達の子どもであれば、この注意の仕方でも応じてくれます。(でも、また繰り返します)

発達障害の子どもの場合、このような注意喚起では、何を言われているのか、または自分が注意を受けているのかすら分からないのです。

そのため、声をかけたあなたの言葉は無視しても良い、という学習を積んでしまいます。

こんな不本意なこと、ないですよね💧

でも、それは、あなたの行動が適していないだけなのです。

ですから、あなたがお子さんへ注意喚起をするのであれば、曖昧な注意喚起ではなく、キッパリと真剣な注意喚起をなさってくださいね。

 

 

あなたが曖昧を作れば作るほど、お子さんはあなたを超えてしまいます。

子どもが大人を超えてしまうと、主従関係が逆転してしまうため、何か教えたくても教えられない状況になってしましますよ♪

 

 

 

今日も最後までお読みいただきまして、どうもありがとうございました。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        

 

 

 

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